オブジェクト指向についてそろそろ一席ぶっておく

きっかけ

たまたま?最近よくオブジェクト指向の理解方法について、続けていくつかの言及を読んだ。

オブジェクト指向が5000%理解できる記事 - Qiita

オブジェクト指向との付き合いも長いし、これについて考えたり話すの結構好きなのでそろそろ一席ぶっておこうと思う。

オブジェクト指向との付き合い

15歳のときにC++を初めてそろそろ15年になる。少なくとも高専2年のときぐらいからオブジェクト指向について悩んでいたためそこそこうるさいと自認している。

僕のオブジェクト指向(記述)の書き方の理解のベース

僕はオブジェクト指向の記述方式をあくまで手続き型言語(ミュータブルな変数と関数)の延長線上だと捕えている。 これはCからC++へ流れてきた人間にとっては理解しやすい考え方だと思う。 構造体と関数がセットになったものがクラスとよく説明されたからだ。

なぜオブジェクト指向の理解方法についてはフレームしやすいのか

今回の一連の流れの発端となった?Qiitaの記事についても案の定反応は荒れている。 はてなブックマーク - オブジェクト指向が5000%理解できる記事 僕も正直この説明はどうかと思うが、オブジェクト指向について明確な定義がないため*1おまそう*2以上の反論がしづらい。辛いね。

そもそもオブジェクト指向は難しい

オブジェクト指向について理解するためには、そもそもプリミティブな型と関数を最低限理解する必要がある。 そこをちゃんと理解して、さらに構造体*3も理解した上でないとそもそも言語が提供するクラスという機能を理解することすら難しいのだ。

そのためプログラミング初学者が最初からクラスを使おうとするのはかなり無謀だと思う。

オブジェクト指向に明確な定義はない。たぶん・・・

XXであるのがオブジェクト指向である、というような一般に言われる定義はまだない。 たぶん各言語仕様で提供されるクラスに関係した機能と、それの一般的な利用法から事実上定義されているにすぎないと思う。

本題、僕のオブジェクト指向との付き合い方

前置きが長くなった。本題に入る。

僕はオブジェクト指向で書くとき、常に手続き型、つまりクラスのない変数と関数のみの構成から始める。 main関数内にそれらをベタ書きし始めるのだ。

そのうち、というよりすぐにコードで溢れてくる。 そうなってきたら、この各変数と関数を点として頭の中でマップのように配置する。 お互いの関係性が強ければ近い位置に、関係性が薄いかまったくなければ離す。 こうしてできた関数と変数の集合をそのままクラスにしている。

この話、ポリモーフィズムについてはほぼ全く考えていないが、実際ポリモーフィズムや継承はあんまり重要視していない。 それらはなくても大抵の場合問題ないし、大抵の場合使ったことにより問題が起こることのほうが多い。 言語の標準ライブラリやプリミティブ型が継承やポリモーフィズムを強制するのでない限り、少なくとも最初の方は自分のコードで継承・ポリモーフィズムは使わないほうが良いと思う。 でないとそれらの機能に振り回されて、本来自分のやりたいことから注意が逸れてしまいがち。

この考え方の背景

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これらを読んだにもかかわらず、18歳の時点で僕はオブジェクト指向をよくわかっていなかった。 結局のところ僕のオブジェクト指向への見解は習うより慣れろでコードを書き、時に読んで試行錯誤した中、うまく行ったパターンを繰り返して洗練させたものにすぎない。

ただ、上のような脳内マッピングイメージで理解し始めたのにはきっかけがある。 それは高専の哲学の授業で、言葉とは何か、その成り立ちについての講義のとき、 言葉、もっというと名詞とは点ではなく線で囲われた面であるという話があった。 海外には昔は津波という単語がなかったが、それが日本から輸入されたときそれまでbig waveでひとくくりにされていた言語範囲が線により二分され、片方はtsunamiに、もう片方はbig waveになった、というような説明だったと記憶している。

*1:本当にそうか調べてないけどね

*2:お前が思うんならそうなんだろう、お前の中ではな、という強引な主張に対する万能反撃

*3:ここではC言語のそれのようなメソッドを持たない2つ以上の型のペアのそれ